君の名は...
見つけた。
「ベトナムコーヒーにハマってしまって。ホイアンでどこか美味しいカフェを知らない?」
宿を出る前に、ホストに教えてもらった一軒のカフェを目指して自転車を漕いでいる。
「CONG CAFEに行くべきよ」
唯一無二のぜったい的存在のようにおすすめされるとこちらも期待度が増す。
二つ返事で行ってくる、と告げて自転車を借りた。
田舎道をまっすぐまっすぐ永遠に直進する。途中、何度も車やバイクに追い抜かれながら、時折放し飼いにされている水牛にあいさつもしつつ、のんびり、のんびり先へと向かう。
農作業の休憩時間に水牛の背に寝っ転がり、一休みするおじいちゃん。いや、まったりしすぎ・・・それにしても、くつろぎ感がすごいなぁ。そういった景色も当たり前に同化する。それくらい田舎なのだ。
先ほどから気づいてはいたのだが、自転車の左ペダルがゆがんでいて一回転するたびに「くきっ」と情けなく横へ曲がるから物理的にまっすぐ漕げない、笑
ちょっとおかしな格好で漕ぐかたちになってしまった。
加えて鈴も上手く鳴らない。
オンボロ自転車だから、ノーチャージ!でいいよ、とサービスしてもらっているのかいないのか分からない身分なので文句は言うまい。もうこれは、焦らずにのんびり走らざるを得ない状況。
どうもこちらは、鍵をつけるという概念そのものがないようなので、問題は帰るまで誰にも盗られないように気をつけつつ、レンタルすることだ。
公道からホイアンの街中へ入り、細い路地を1本、2本と川沿いに向かって自転車を走らせること30分。
ようやく川沿いに位置する『CONG CAFE』の姿を見つけた。
入り口に立つ軍服の制服を身につけた若い男女が、どうぞと手招きしてくれる。
「あの...自転車置きたいんだけど?」
ここに停めておいたらいいよ、とお店の横手へ案内してくれて、どう見てもこれは放置自転車になるよな、と内心思いつつも、彼らの笑顔に吸い寄せられるようにして入店した。
死守する気持ちが0%ではなかったことをここに記しておきたい。自転車はいよいよ放置されることとなった。
木造りの建物に自然光が差し、店内は賑わっているがビートルズをはじめとする誰もが好きな洋楽で程よくかき消される雑音。最高じゃないか。
自分が長居することを悟った瞬間だった。
事前会計を採用しているため、ひとまず奥のレジカウンターへまずは注文と支払いを済ませに行く。
食事のメニューも全て合わせたら50種類くらいの選択肢があっただろうか?思った以上にメニューが豊富で列に並んで自分の番がやってきた時、決まりそうにないので、しまった...と思った。
普通のコーヒーを頼んでみても良かったのだが、せっかくならここのお店のいちおしを頼んでみたい、と困った時のあなたのおすすめは?で隣に立っていたウェイトレスの女の子を捕まえて聞いてみた。
正式名称は忘れてしまったが、彼女曰く練乳とココナッツミルク入りのコーヒーのフラペチーノ?がかなり人気らしい。
アイスかぁ。。。(聞いといてなんやけど、甘そうやなぁ...)
ホットでもいい?と聞いて、ほんとにホットでいいのか?と2回ほど確認された挙げ句、怯まずホットでオーダーしてみた。
失礼極まりないのだが、この時は、正直オーダーをミスったかもしれないと後悔していた。
基本的に、コーヒーはブラックで飲みたい。
砂糖とミルクたっぷりの甘いコーヒーが飲めないのだ。
缶コーヒーなんてもう久しく飲んでいないけど、選択肢にブラックがなかったりするともう最悪である。
そんなわたしが何を間違ったのか、練乳とココナッツミルクが入った名前からして甘そうな飲み物を頼んでしまった。
セリフは、迷わず「ベトナムコーヒーブラックでください」で良かったんじゃないのか?と渡された番号札を受け取ろうか迷ってしまった。
まぁ、これも冒険のうち、と大人しく着席して待つことにした。
数分後、運ばれてきたコーヒーがこちら。
分厚すぎず薄すぎず、程よく手に収まるカップは、姿かたちが沖縄のやちむんを思い起こさせるような作りだった。
中央にベトナム国旗をかたどった星印★が大きく描かれている。
この店のモチーフということか。
カップにも冷めない工夫が施されているのが器のぬくもりを通して伝わってくる。
本当は、沖縄に着たんじゃないの?遠くで再びそんな声が聞こえたような気がした。
そして、散々、色眼鏡を用いてプレジャッジをしたコーヒーの味は、過去に飲んだアレンジコーヒーの中で類を見ないほど、美味しかった。
彼女のおすすめは確かだったのだ。
深入りでガツンと濃いめのベトナムコーヒーに
濃厚なココナッツミルクと
砂糖ではない練乳の独特の甘み
一口飲んだその瞬間から、本当に、大袈裟ではなく世界が反転したかと思うほど、美味しかった。
何なんだ!この飲み物は...!?
実際、飲んだことがある人なら分かると思うが、他のコーヒーの銘柄で再現しようとしたところで、同じような味に仕立てるのは無理があるなと思った。
そういった贅沢がより一層ここで飲む価値を高めてくれているような気がして、自分では間違ってもぜったいに頼まなかったであろう数奇な出合いに感謝した。
こういう記憶はきっと忘れないんだろうな。
早ベトナムはホイアンに戻ってくる理由をまたひとつ増やしたことに気づいた。
客足は途絶えることなく続き、敢えてここを選んできているかのようなお客たちで賑わい続けている。
小1時間ほど、ゆっくりしていただろうか。
店を後にした直後忘れかけていた自転車は変わらず定位置で主の帰りを待ってくれていた。
安堵とともに忘れ難いコーヒーの感動は今も持続している...
続く...