俳優と煙草。
2020年ももうすぐ終わる。
一年前ちょうどヨーロッパにいた頃の写真も随分と時間がかかったけれど、ようやく整理することができた。
忘れられない写真とともに思い出が蘇った。
はじめてウィーンの街を尋ねたとき、仲良くなったニコライのことだ。
ウィーンで見つけた宿のホストだった。
彼の所有しているアパートの1室を貸していて、そこに私がステイすることになったのだ。
待ち合わせの時間になっても全然、現れないからどうしたのかとチャットで聞いてみるとその日彼の彼女もパリから尋ねてくることになっていて飛行機が遅れているという。
そりゃあ、彼女の方が大事でしょう。
いちげんさんは待ちますよ。と気長に彼のアパートの前で待機していた。
30分くらい遅れてやってきただろうか。
明るい表情でやってきたニコライとその彼女のセリーヌのあどけなさを見ていると、怒る気持ちになどなれなかった。
なんかもう、仲良くなる感じがすぐにした。
ところで、ヨーロッパの未婚女性は、高い確率でどこででも平然と煙草を吸う。
燻らせる煙が不安な気持ちを落ち着かせることもあるんだろう。
彼女たちは歩き煙草もするし、食事の合間も、ファッション的な要素を求めてか、手と口が寂しくなったと思ったら、どこにいようがお構いなしでスパスパ吸う。
私の友人の多くはアジア人が積極的に吸わないことの意味が分からないような目で見つめてくる。
「何それ美味しいの?」はこちらのセリフである。
はじめて一人でローマを歩いた時、街ゆくローマ人女性の誰もが歩き煙草をしていて嫌だなぁと勝手に腹を立てていたりもした。
今でもそう。
煙草は嫌い、だ。
嫌いなはず、だった。
でも、今は「あぁ、またね」と思えるほどに多様な価値観を受け入れられる人間としての幅も広がったように思う。
まぁ、嫌だけど。
でも、その時までは知らなかった、仲良くなるのに煙草が一役買ってくれるとは。
着いた日に遅れてゴメン、のお詫びを込めてか、ワカモレ作るから一緒に飲もうよ?とアパートのリビングでワインを乾杯することになった。
予想通り、お酒も入るとすぐに打ち解けて仲良くなった。
食事が落ち着いて、彼らがお決まりのように煙草を吸いたいと言い出した。
ご丁寧に許可まで求めてくる。
「どうぞ。どうぞ。(本音だよ)」と言って、勝手に吸い出すのが相手は変われどいつものパターンだった。
...が、今回はちょっといつもと違った。
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「ちょっと吸ってみる?」
「うん。」
その時の私がなぜうなづいたのか自分でもよく説明できない。
なんとなく、その場のノリでうなづいた、ただそれだけだと思う。
器用に包み紙に煙草の葉を巻き付けて渡してくれた。
こっちの方が美味しいんだ、と言う。
その手つきはとても器用だった。
27年間の人生で煙草など一度も吸ったことはなかったけれど、まぁいいか。と本当にちょっと吸ってみた。
これが、マ○ファナだったら確実に「No, thank you. 」だったことだろう。
おいしいともマズいともよく分からない味だったけど、それがきっかけで仲良くなれて深い話をたくさんできたことは大きな収穫だった。
「前から吸ってたの?」なんて、全く見る目がないとしかないようなことを言われたのも良い思い出だ。
吸ってる訳ないだろうが(笑)
本当に仲良くなって、翌日に彼らと一緒にウィーンの街を歩いたりした。
ウィーン1美味しいとされる窯焼きのピッツァを一緒に頬張ったり、シュニッツェル(ウィーン風カツレツ)を食べに出掛けたり、家でワインを飲みながら、ギターの弾き語りを披露したりしてくれた。
たくさんの旅人を受け入れ、こんな風に旅人といつも遊んでいると思いきや、旅人と出掛けたのは今回がはじめてだという。
泣かせてくれるなと思った。
まだたったの19歳のくせにやけに大人びている彼の考えや話す内容に短い滞在期間中、感心させらっぱなしだった。
人生観、将来のこと、恋愛のこと、たくさん沢山話しをした。
夢は、俳優になることだそうで、日夜レッスンに励んでいる。
ドイツ語を母国語にする生粋のオーストリア人なのに、彼の話す英語はとても綺麗で育ちの良さが感じられた。
ウィーンを訪れることになったら、きっとまた訪ねるんだろう。
次に会った時には、本当に俳優になっているかもしれないね。
煙草もそれ以来一度も吸っていないから、自分にとってはちょい不良体験で終わった。
逆に、『煙草』と聞くと、真っ先に思い出される初体験の思い出として蘇ることになった。
世の中の不良だって、煙草を求めて吸ってる訳じゃないのかもしれない。
国境を越えて仲良くなれるなら、煙草の1本も吸ってみるもんだな、と。