夢に日付を添える。
4年前、インドで対面のアーユルヴェーダのコンサルテーションを受けた時に録音した音声がiPhoneのデータを整理していたら出てきた。
ルーティーンワークをやめろ...
歌を歌うように、ダンスを踊るように、自分の中から湧き出るクリエイティビティに向き合いなさい
そして、それを表現していく作業にもっともっと時間を費やしなさい
それがあなたという人間のバランスを整えるうえでとても大切になってくる...
そうやって目の前の彼女は、愛のあるメッセージをわたしに告げた。
当時の自分の英会話力は、ないに等しいも同然で
具体的なレベル感を伝えると、
はい/いいえで答えられる質問と
それにまつわる極々簡単なやり取りしか話せない程度の
情けないものだった。
そのため通訳をお願いしていたのだが、それらの内容を今は無理なく聞き取れていることに驚いた。
これからタイムマシーンにのって、
数年後には、このやり取りも難なく聞き取れるようになっているから、落胆することはない。未来は明るいよ、と伝えに行ったとしても
きっとにわかには信じてくれないだろう。
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英語に関するわたし自身の挫折と希望はこちらをどうぞ。
英語を話せない人の気持ち、そしてそのロジックは嫌というほど分かります。
同じような悩みを抱える方に届けば幸いです。
reborn-to-be-free.hatenablog.com
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留学へ行くと決意して日本を飛び出す時、
「1年半後にペラペラになって帰るから」と大切な人たちと約束した。
…が現実は、夢破れて、つまらなさすぎて半年で挫折して帰国した。
英語だけ、話せても自分には何もないじゃないか…
どうすんねん。
控えめにいって落ち込んだ。
人生でいちばん暗い時期を過ごしていたし、
身も心もボロボロになって、
目の前に池が出来るかと思うほど泣いたと思う。
もう立ち直れないかもしれないというところから、
自分なりにもう一度0から向き合うことを決めて歩みはじめたら、
バックパッカーとして世界を巡る頃には、
別の次元でやりたいことがクッキリと輪郭を持つようになっていった。
たくさん旅をし、数々の出会いを通じて、世界中に掛け替えのない友達が出来た。
自分は、
今日はお天気がいいですね。
好きな歌手や芸能人は誰ですか?
好きなスポーツは何ですか?
といった表面だけのスモールトーク(言葉を選ばずに書くと薄っぺらい会話)で終わりたくなかった。
素敵な人と出会ったら、自分の人生観や価値観、これからの夢にまつわることなど、
つまるところ、望みは深いところまで話したかったのだ。
何故、英語を勉強しているのかと聞かれれば、当時は対外的には旅行のためと答えていたが、
本心は、常に深いところでの繋がりを求めていた。
「叶ってるやん...。」
あれほど喉から手が出るほど欲しかった現実が気づけば叶っていた。
いちばん驚いているのは、他でもない自分であることは間違いのないことだった。
人間って変われるんやな...とこの時ばかりは、哀しい時に流すものとは別の種類の温かいものが頬をつたったのを今でも鮮明に覚えている。
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「夢に日付を添える」という作業。
例えば、1年半で英語で自分の言いたいことを言えるようになる、と決めたこと。
それには、具体的な行動もセットではじめて叶っていくものだということは不変の真理だが、どんな願いも1年後でも3年後でも、こうありたい、あろうとする姿や願いに日付を添えることは、言葉としての意味そのもの以上に効果があると感じられた。
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今、自分は、3年以内に達成したい、すると決めた夢とも目標ともとれる生き甲斐と一緒に生きている。
叶ったらいいな、とかじゃなくて、絶対に叶えにいく、という熱すぎるくらいの気概を普段は悟られまいと涼しい顔をして書いている。
未来で待ってる成長した自分像に
待ってろよ。と言いながら。
そうやって、楽しみに頑張ることが、今日という日に新しい風をもたらしてくれている。
飽きるはずがないんだ。
トライアンドエラーを繰り返す度に、落ち込んだりもするけど、
やる前から諦めなくてもいいことは、4年前のわたしが証明してくれているよ、と音声テープが教えてくれた。